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事業承継の本質は「欲しがられる会社」になること


事業承継の相談を受ける機会が増えています。少子高齢化の影響もあり、後継者不在で悩む中小企業の社長は本当に多いです。

そうした相談をいただいた際に、私がお伝えしていることがあります。それは「他人が欲しいと思う会社にすることが一番の対策です」ということです。

多くの社長は、この話を聞くと少し意外そうな顔をされます。事業承継というと、後継者探しや税務対策、株式の移転方法といった手続き的な話に意識が向きがちだからでしょう。しかし、そうした手続きの前に、もっと根本的な問題があります。

それは、その会社を誰かが「欲しい」と思えるかどうかです。

なぜ後継者が見つからないのか


後継者が見つからない理由を考えてみてください。息子や娘が継ぎたがらない。従業員に声をかけても反応が良くない。第三者への売却を検討してもなかなか買い手が現れない。

こうした状況に共通しているのは、その会社を「欲しい」と思う人がいないということです。

 

実際の現場でよく遭遇するのが、社長自身が会社の魅力を客観視できていないケースです。長年経営してきた愛着から、会社の良さばかりに目が向き、問題点が見えなくなっています。

ある製造業の社長は、「うちの技術は他社には真似できない。きっと誰かが欲しがるはずだ」とおっしゃっていました。しかし、実際に帳簿を見ると、ここ数年赤字続きで借入金も売上高の何倍にも膨らんでいました。

確かに技術力は高いのかもしれません。しかし、その技術力がお金に変わっていなければ、第三者から見れば魅力的な会社とは言えません。

 

欲しがられる会社の条件は意外にシンプル


では、どのような会社なら「欲しい」と思われるのでしょうか。答えは実にシンプルです。

第一に、きちんと収益が上がっていることです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、これができていない会社が多いのが実情です。

ある卸売業の社長から事業承継の相談をいただいたときのことです。「売上は安定しているし、お客様との関係も良好だ。きっと従業員の誰かが継いでくれるだろう」とおっしゃっていました。

しかし、損益計算書を拝見すると、営業利益率が1%程度しかありません。加えて役員報酬も300万円しかありません。

この状況で従業員に「会社を継がないか」と声をかけても、「そんな不安定でしかも給料が取れない会社は継げません」と言われるのは当然でしょう。従業員には家族もいれば住宅ローンもあります。リスクの高い会社を継ぐ余裕はありません。

 

第二に、その収益が社長個人の能力に依存せず、仕組みとして稼げていることです。

多くの中小企業では、社長が営業の中心となり、技術の核となり、重要な判断をすべて行っています。こうした会社では、社長がいなくなると収益を維持できません

このような状態では、たとえ一時的に後継者が見つかっても、引き継いだ後に業績が悪化するリスクが高すぎます。

 

第三に、収益で十分に返済できる範囲の負債であることです。

借入金が多すぎる会社は、どれだけ収益があっても敬遠されがちです。なぜなら、会社を継ぐということは、その借入金も一緒に背負うことを意味するからです。

  

親族、従業員、第三者、誰でも同じ基準


この三つの条件が整えば、後継者候補は現れます。

息子や娘にとっても、安定した収益が見込める会社なら継ぐ価値があります。従業員にとっても、将来性のある会社なら挑戦してみたいと思うでしょう。第三者にとっても、投資対象として魅力的に映ります。

重要なのは、親族だから甘く見てくれる、従業員だから愛社精神で継いでくれる、といった期待を持たないことです。どんな関係性であっても、基本的な判断基準は同じです。

 

ある食品製造業では、もともと息子が継ぐ予定でした。しかし業績が低迷し、借入金も増加していく中で、息子から「継ぐのは難しい」と言われてしまいました。

社長は「家族なのに冷たい」と嘆いていましたが、息子の立場に立って考えれば当然の判断でしょう。結婚したばかりの息子に、赤字の会社と多額の借入金を押し付けるわけにはいきません。

その後、この会社では収益構造の見直しに着手しました。不採算部門の整理、主力商品への集中、コスト削減などを進めた結果、2年後には安定した利益を確保できるようになりました。

すると息子の態度も変わりました。「これなら継いでも大丈夫そうだ」と前向きに検討してくれるようになったのです。

  

M&Aでよくある勘違い


最近はM&Aによる事業承継も一般的になってきました。しかし、ここでも同じような勘違いが起こります。

M&Aで売却を希望される社長の多くが、自社を過大評価しています。

「長年苦労して築き上げた会社だから」「地域に根ざした事業だから」「従業員を大切にしてきたから」「これまで多額の個人資産を投入してきたから」といった社長の想いは十分に理解できます。しかし、買い手にとってはそうした想いは判断材料になりません

 

買い手が知りたいのは、その会社を買うことでどれだけのリターンが期待できるかです。収益性はどうか、成長性はあるか、リスクはどの程度かといった、極めて現実的な観点で判断されます。

 

当社のお客様が外注先から当社を買ってくれないかと打診を受けました。外注先の社長が高齢で後を継ぐ人がいないので、工場や設備を含めて2千万円でいいという話でした。

お客様は少し乗り気だったので、私と現場に詳しい従業員と一緒に外注先を訪問して帳簿や現場を確認しました。

利益は出ているという話でしたが、決算書を見ると長らく社長は給料をとっておらず、それでも数十万円程度の営業利益。社長の代わりに仕事をする従業員に給料を払えば即赤字になります。

設備の方も帳簿から確認すると相当古く、現場で1台1台確認してくれた従業員は

先生、あれはダメです。5年、10年以内にかなりやり替えないとダメです。一番は建物が相当痛んでます。」と言います。 

 

 私と従業員の結論は

 2千万円で買うどころか、2千万円の処分料をもらっても引き取るには割に合わない

でした。

 

今からでも間に合う改善策


事業承継を成功させるための改善策は、決して複雑なものではありません。

まず、自社の収益構造を客観的に分析することから始めてください。売上高営業利益率はどの程度でしょうか。同業他社と比較してどうでしょうか。過去3年間の推移はどうなっているでしょうか。

 

もし収益性に問題があるなら、その原因を特定する必要があります。売上の減少が原因なのか、コストの増加が原因なのか。売上の減少なら、主力商品の競争力低下なのか、営業力の問題なのか。コストの増加なら、人件費なのか、材料費なのか、その他の経費なのか。

原因が分かれば対策も見えてきます。競争力のある商品への集中、不採算事業の整理、営業体制の強化、コスト構造の見直しなど、やるべきことは自然と明確になります。

 

次に、社長に依存している業務を洗い出してください。営業、技術、管理、どの分野で社長の関与が必要でしょうか。それらを段階的に他の人に移管していく計画を立てることが大切です。

顧客との関係についても同様です。社長個人との関係に依存している顧客がどの程度いるでしょうか。そうした顧客との関係を、会社全体の関係に変えていく必要があります。

借入金については、返済計画を明確にしてください。現在の収益レベルなら何年で返済できるのか。業績が改善すればどの程度短縮できるのか。金融機関との関係はどうか。こうした点を整理することで、後継者にとってのリスクを軽減できます。

 

事業承継は、単なる手続きの問題ではありません。会社を魅力的なものにするという、経営そのものの問題なのです。

 

他人が欲しいと思う会社にすることは、事業承継対策としてだけでなく、会社の継続的な発展のためにも必要なことです。