多くの経営者は事業承継について、「まだ早い」と考えがちです。60歳を過ぎてから本格的に考え始めれば十分だと思っている方も少なくありません。しかし、実際の現場を見ていると、この認識が様々な問題を引き起こしているのが実情です。
まだ早いと考えていたため承継が遅れて業績を悪化させた
ある建設会社の例をお話ししましょう。創業者である父親は70歳を超えてもなお現役で、後継者である息子は父親の指示を仰ぎながら営業を担当していました。ある日、父親が体調を崩して入院。その間、息子は初めて実質的な経営判断を迫られることになりました。しかし、これまで重要な判断は全て父親に任せきりだったため、取引先との交渉や従業員の采配に戸惑い、結果として売上を大きく落としてしまいました。
50代には準備を始める
このように、後継者が経営の実務を十分に経験しないまま事業承継を迎えてしまうケースは珍しくありません。では、事業承継はいつから考え始めるべきなのでしょうか。結論から申し上げますと、50代には準備を始めることをお勧めします。その理由は大きく三つあります。
①準備に5年、10年かかる
一つ目は、事業承継には想像以上に時間がかかるということです。後継者の育成だけを考えても、経営者として必要な知識やスキルを身につけるには相当な時間を要します。さらに、取引先との関係構築や、社内での信頼獲得なども必要です。これらを並行して進めていくと、最低でも5年、場合によっては10年以上かかることも珍しくありません。
②元気なうちに判断したい
二つ目は、経営者の体力や判断力が衰えないうちに、後継者をしっかりと育成する必要があるということです。経営者の多くは、自分の体力や判断力の衰えを自覚しにくいものです。
ある製造業の社長は「まだまだ元気だから」と事業承継を先延ばしにしていましたが、取引先から「最近の商談で話がかみ合わない」と指摘を受けるようになりました。しかし、このときには後継者の育成が間に合わず、取引先との関係を一時的に悪化させてしまいました。
③事業承継には想定外が生じる
三つ目は、事業承継には様々な想定外の事態が発生するということです。例えば、後継者として考えていた人物が突然辞めてしまうケースや、事業環境の変化により会社の方向転換が必要になるケース、M&Aの話が持ち上がるケースなど、様々な事態が考えられます。こうした想定外の事態に対応する余裕を持つためにも、早めの準備が欠かせません。
5年間は何かあっても戻れる年齢を基準に考える
50代はまだまだこれからという想いがあると思います。しかし、10年事業承継にかかれば完了する頃には60代です。事業承継を考えるときにどうしても今の自分の年齢を基準に考えてしまいますが、そこから5年、10年と経過したときの自分の年齢を基準に考えるべきです。
特に事業承継では一度退いたが、再び戻らざる得なかったというケースもときどき見かけます。後継者の経営判断力に著しく問題があったケースもあれば、後継者が嫌気をさして辞めてしまったケース、後継者が事故に巻き込まれて仕事ができなくなったケースもあります。
このようなとき、60代で承継準備を開始していた社長の場合、70代になって一から事業承継の準備をしなければならないことになります。
万一のことを考えれば、承継してから5年間は何かあっても戻れる年齢にあることを基準に考えられることをお勧めします。