中小企業の支援をしていると感じるのは、事業承継という言葉だけが先行して、具体的に何をすればいいのか分からないという経営者が多いということです。
まずは社長の仕事の整理
まず社長の仕事を整理してみましょう。一般的な中小企業の社長は、経営者としての役割以外にも様々な仕事を担っています。営業では、重要顧客との関係を維持し、新規開拓の最前線に立っています。製造では、技術的な判断や品質管理の最終責任者です。総務では、資金繰りから従業員の採用まで、様々な判断を行っています。
これらの仕事を一朝一夕に引き継ぐことはできません。ある印刷会社では、社長の長男が30代前半で入社。3年かけて製造現場を経験し、その後3年かけて営業を覚え、さらに2年かけて経理を学びました。そして40代になってから社長に就任しています。
このように時間をかけて準備をしても、承継後にトラブルは発生します。ある建設会社では、現場を知り尽くした職人だった息子が社長に就任。しかし、経営面での経験不足から資金繰りが悪化し、会社存続の危機に陥りました。
スムーズな事業承継のために
今までの経験から、スムーズな事業承継のために必要な準備項目をお伝えします。
まず、後継者には経営者としての視点を養ってもらう必要があります。日々の業務をこなすだけでは経営感覚は身につきません。例えば月次の試算表を見ながら、「なぜこの数字になったのか」「どうすれば良くなるのか」を考える習慣をつけることが重要です。
次に、社内外の関係者との信頼関係の構築です。特に重要なのが、取引先や従業員との関係です。取引先や従業員の多くは現社長との関係性が強く、後継者との関係性が構築できていないケースがよくあります。ある製造メーカーでは息子が承継したところベテラン従業員たちが「社長の年齢が心配でした。これで私達も心残りなく引退できます」と辞めてしまいました。
資金面での準備も重要です。特に個人保証の問題は要注意です。先代の保証を外して後継者の保証に切り替える際に、これまでの与信が維持できるかを確認する必要があります。ある会社では、後継者の保証では従来の半分までしか与信を認めてもらえず、資金繰りに支障をきたしました。
また、株式の承継も計画的に進める必要があります。相続で一括継承する場合、相続税の支払いで後継者の資金が不足する可能性があります。生前贈与や種類株式の活用など、様々な選択肢を検討しましょう。
意外? 親族紛争になることも
中小零細企業の事業承継では、社長の相続問題と密接に関わることが多いです。そのため、事業承継支援をしていると「いかに経営を引き継ぐか」と同等かそれ以上に「いかに親族紛争を防ぐか」がテーマになります。
中小零細企業においては、社長の資産が会社資産に集中していることがあります。そのため相続財産について蓋を開けてみると、自社の株式と自社で使っている工場の土地と建物、これだけで財産の8割になってしまうというケースです。
「いかに経営を引き継ぐか」という点だけを考えれば、経営に必要な資産は後継者に集中させることが望ましいです。しかし、この場合後継者に他の兄弟姉妹がいる場合、もめる原因になります。
ある地方の小売業で、後継者の息子には他県に嫁いだ姉と他地域に就職した弟がいました。社長は「姉弟は仲が良く、相続の心配はない」と楽観視されていました。しかし、どのように相続をするかが明らかになると姉や弟から不満の声が上がりました。
社長の相続財産は自社株と自宅兼店舗、土地しかなく、後継者に経営に必要な資産を集中させるとほとんど値段が付かない田畑しかありません。姉や弟は「今更田舎の田んぼをもらっても仕方がない」「後継者だけが資産をもらうのは納得できない」という意見でした。
一方、後継者は「会社を引き継ぐとリスクがあるからこのくらいもらってもおかしくないはずだ」「自社株なんてお金にならないし、あとは事業で必要な資産だからもらったと言っても自由に使えるわけではない」と反論しました。
ここまではどちらの言い分も理解できますが、それ故にこのような議論は平行線になりやすく、段々と感情的な応酬になります。後継者からは「姉も弟も田舎を出て好きに人生を歩んでいる」「自分は昔から家業を継ぐのだろうという目で見られて自由な選択肢が無かった」「二人はわがままだ」と言うようになりました。姉や弟は「昔から後継者は長男といわれて何かと優遇されていた」「本当は○○大学に行きたかったのに、長男の学費があるからと進路の選択肢が狭まった」とやり返します。
このような場合、根底には親が自分を軽視しているのではないかと言う疑心暗鬼があります。そのため、社長としては時間をかけてなるべく後継者以外にも資産がわたるよう準備を進めること、後継者以外のこともきちんと考えていることを説明していくことが必要です。
準備期間として最低5年、できれば10年を確保する
事業承継は、様々な利害関係者との調整が必要な作業です。例えるなら、走っている自動車のタイヤ交換のようなものです。会社を止めることなく、スムーズに新しい体制に移行する必要があります。
そのためには、計画的な準備と実行が欠かせません。特に重要なのは、承継の時期を明確にすることです。「そろそろ」「いずれ」という曖昧な表現では準備が進みません。
準備期間として最低5年、できれば10年を確保することをお勧めします。その間に、後継者を育成し、社内外の関係を整理し、必要な手続きを進めていくのです。
最後に、事業承継は終わりではなく新しい始まりだということを付け加えておきます。後継者が経営を引き継いだ後も、会社は様々な課題に直面します。その際に必要なのは、先代の経験と後継者の新しい視点です。両者がうまく調和することで、会社は新たな成長のステージに向かうことができるのです。